和紙から作られる糸で織られた「紙布(しふ)」の着物。先日木綿の帯を合わせて静嘉堂文庫美術館を訪れました。
1.植物由来の取り合わせ
①茶色の紙布の着物
和紙から作った糸で織り上げた紙布(しふ)の単衣です。
コウゾやミツマタといった植物からできている着物なので、蚕からの絹織物とは全く違う着心地です。
厚みがあるので、木綿と同じように単衣でも通年着られる着物とされています。
紙布の魅力は独特の着心地にあります。
袖を通すと少しごわついてかさばる感じですが、折り畳むように体に添わせて着ていくと、帯を締め終わる頃にはふんわりと包まれるように体に馴染んでいます。
植物由来でも麻のようなつっぱり感はなく、シワにもなりにくいです。
厚手の木綿の着物に近いですが、通気性がよいので木綿のように体にまとわりつく感じがなく、裾さばきがスムーズです。
②紫根絞りの帯
段模様の紫根染め板締め絞りです。
紫根絞りはくっきりとした幾何学模様が多いですが、この帯は主張が強すぎないので使いやすいです。
木綿製なので、植物由来の紙布との相性が良いと思い選びました。
バッグも紫根絞りです。
③キラキラブローチで明るく
前回ご紹介した「ワンタッチ帯留めパーツ」を使って紅葉のブローチを帯留めとして使いました。
全体が素朴で地味な質感なので、明るくキラキラした異質のものを取り合わせてみました。
2.紙布について
紙布については、何度か当サイトで取り上げていますが、簡単に説明しておきます。
①和紙から糸を
細く切った和紙によりをかけて作った紙糸を織って布にしたものです。
過去の展示会で撮影したものをご紹介します。
△和紙(紙布紙)
(38×53cmの紙布紙が、紙布一反のヨコ糸だけで100枚必要)
↓
△紙糸(未成品)
「紙裁ち」をして湿らせ、揉んで糸状にしたもの
(上の写真2枚は紙の博物館・企画展「白石の和紙~名産紙布・紙衣を中心に」(2019年)の展示より)
△紙糸;縒りをかけて糸にしたもの(左上)(紙の博物館・企画展「紙布~桜井貞子作品展~」(2017年)の展示より)
紙布にはタテ、ヨコ糸共に紙糸を用いて織った『諸紙布(もろじふ)』のほか、タテ糸に絹糸や綿糸、ヨコ糸に紙糸を用いた『絹紙布』や『綿紙布』などがあります。
紙布は軽く丈夫で、通気性がよいので、主に夏の衣料品として使われました。紙布は洗濯ができ、洗うたびにやわらかくなるため、長く着るほど肌触りが良くなるそうです。
紙布は江戸時代に木綿が貴重だった山陰や東北地方などで、農家の自家用に主に反故紙を用いて作られていました。
特に宮城県白石(しろいし)の紙布は名産品として知られ、将軍家にも献上されていたそうです。
参考:『紙博だより』第70号(紙の博物館発行)
詳細(過去記事)
紙布についての詳細は、過去に記事を書いていますのでこちらをご覧下さい。
②誉田屋源兵衛(こんだやげんべい)の紙布
今回着用した紙布は母から譲られた誉田屋源兵衛製の着物です。
誉田屋源兵衛は1738年(元文年間)創業の京都室町にある帯の製造販売の老舗です。
10代目当主の山口源兵衛さんは帯だけでなく素材や意匠にこだわった着物も製作し、昭和60年代に紙布の着物にも力を注いでいたようです。
③銀座「さくら桟敷」と誉田屋源兵衛展
9月下旬、銀座の和装店「さくら桟敷」で誉田屋源兵衛展が開催されました。
△展示期間中、銀座「さくら桟敷」入口に掛けられた誉田屋の暖簾
さくら桟敷の現社長・中村拓哉さんが誉田屋源兵衛で修業をされた縁で、毎年展示会をしているそうです。
私が伺ったときは誉田屋番頭の堀田さんが、たくさんの美しい帯を一つ一つ説明しながら見せてくださいました。
漆や螺鈿(らでん)、宝石のラピスラズリやオパールを使った帯や、孔雀の羽を織り込んだ帯など、大変めずらしいものばかりでした。
撮影はしなかったのでご紹介できませんが、とっておきの紙布の着物も奥から出してきて詳しい説明もしてくださいました。
堀田さんの話
- 当主の山口源兵衛さんは現在も一年中紙布の着物を着ているそうです。(着心地が良いからだそうです)
- 紙布は糸を作る作業が大変で、また紙糸自体が高価なため、タテ、ヨコともに紙糸を使う諸紙布(もろじふ)はとても高価なものになってしまうそうです。
- 誉田屋源兵衛では紙糸を作りやすくする為に、タテ糸に絹糸を一本混ぜているとの説明でした。
- タテ糸にはミツマタの和紙を使って滑らかさと丈夫さを、ヨコ糸にはコウゾの和紙を使って素朴な和紙らしさを出しているそうです。(いずれも白石産の和紙を使用)
濃い茶色の糸が絹糸です。
3.青嘉堂文庫(せいかどうぶんこ)美術館へ
少し蒸し暑さが残る10月下旬、紙布の着物で青嘉堂文庫美術館を訪れました。
①青嘉堂文庫(せいかどうぶんこ)とは
東京都世田谷区岡本にある専門図書館で、日本および東洋の古典籍及び古美術品を収蔵しています。
同敷地内の美術館は2021年に閉館し、2022年10月1日に東京都千代田区丸の内の明治生命館に移転して再開館しました。
静嘉堂は、岩﨑彌之助(1851~1908 彌太郎の弟、三菱第二代社長)と岩﨑小彌太(1879~1945 三菱第四代社長)の父子二代によって創設・拡充され、現在、《曜変天目(稲葉天目)》をはじめとする国宝7件、重要文化財84件を含む、およそ20万冊の古典籍(漢籍12万冊・和書8万冊)と約6,500件の東洋古美術品を収蔵しています。
同館Webサイトより
②アクセス
静嘉堂文庫美術館は移転によりアクセスが大変良くなりました。
地下鉄千代田線二重橋前〈丸の内〉駅 3番出口直結
JR東京駅 丸の内南口より 徒歩5分
JR有楽町駅 国際フォーラム口より 徒歩5分
駅直結の東京メトロ千代田線が最も便利です。
「二重橋前」駅
↓
3番出口へむかいます。
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すぐに「明治安田ヴィレッジ」が見えます。
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エスカレーターで……
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1階に到着(皇居のお濠が見えます)
③特別展「眼福」
この日は「眼福」というタイトルの特別展(2024.9/10~11/4)で、岩﨑彌之助と岩﨑小彌太父子二代で蒐集された茶道具のコレクションが展示されていました。
国宝の「曜変天目(ようへんてんもく)」の茶碗以外は展示品すべて撮影可能という特別展。
さすが、新しい美術館! 嬉しくなってお気に入りの展示をいろいろ撮影してしまいました。時代の変化に感謝しています。
大名物(おおめいぶつ)*の茄子茶入
*大名物…千利休の時代以前に選定された名品のこと
狩野派絵師によって「写し」が作られ、継承されてきた棚の板絵
△猿曳棚(さるひきだな)(本歌)
室町時代(16世紀)引戸板絵……伝 狩野元信
これが元になって板絵の写しが制作されました。
△猿曳棚(写)
江戸時代(17-18世紀)狩野派(筆者不詳)
これらの展示には、写しを制作して後世に残そうとした先人たちの意気込みが感じられました。
肉眼よりカメラを通すほうがよく分かる裂地
古い仕覆(しふく・茶入れの袋)の裂地も、スマホで撮影すると柄がよく分かり、より魅力的に感じました。