生地

辻が花の訪問着

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今日は若い頃から愛用しているお洒落着感覚の訪問着をご紹介します。

1.小袖のような雰囲気の辻が花

①色

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地色はベージュ。このような茶色がかった暗い黄褐色を「伽羅(きゃら)色」というそうです。

裾は赤黒い茶色とオリーブ色でくっきりと染め分けされ、辻が花*の絞り染めが施されています。肩と袖の模様もはっきりとしています。

 

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伽羅色の地には葉が線描きされており、そこに散らされた白っぽい花が結構目立ちます。

 

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昔の小袖のような古典的な雰囲気があります。

*辻ヶ花(つじがはな)…室町時代から安土桃山時代にかけて現れた絞り染めの技法。
最盛期に当たる、桃山から江戸時代初期にかけては、複雑な縫い締め絞り・竹皮絞りなどの高度な技法が使用され、多色染め分けによる高度な染物を創り出し、摺箔等の技法とともに安土桃山時代の豪華絢爛たる文化(桃山文化)を演出した。当時は染物といえば辻ヶ花を指すほどに一般的な染織作品であったといわれている。
(Wikipedia)

②生地

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生地は縦シボの縮緬で、普通の訪問着のようなツヤもなく、つるんとした手触りもありません。

 

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△ 生地の拡大

この生地と色合いによって、フォーマルな訪問着ではなく、いろいろな所に気軽に着て行けるお洒落着的なきものといえるのだと思います。

 

2.若い頃は赤い帯締で

華やかさはあってもシックな色なので、20代初めから30代にかけての私にとって、この着物は地味なイメージでした。(昭和時代は、若い人は明るく華やかな色を着るのが一般的でしたので)

そこで、いつも赤系の帯締を用いて明るさを出そうとしていました。

 

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△ 33年前の10月、母と一緒の写真

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△ 国立劇場の前で撮影

そして同日、恩師と。前々回(2017.11.12)ご紹介した先生(現在94歳)です。

 

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秋だけでなくお正月にも着ています。

 

3.50代での装い

①羽織も活用

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観劇に着用。綸子(りんず)地の黒い帯を合わせました。

 

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娘の成人式の集まりに付き添うため、上記の組み合わせに羽織を着用しました。肩や袖の賑やかな模様を羽織が上手くカバーしてくれました。

 

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縦シボの縮緬はすべらないためか着崩れせず動きやすいです。娘の髪のセットや着付けもこの着物に割烹着を着用してやりました。

「羽織」を考える3 ~羽織の利用法II~(2015.1.31)でも紹介しています。

②黒繻子の帯で

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前述の恩師を訪問する際に、着用しました。今となっては少し派手なきものになってしまいましたが、帯で引き締めています。

 

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帯は黒繻子(くろじゅす)の名古屋帯です。

繻子(しゅす)織は朱子織とも書き、サテンと同じ。密度が高く地厚で、ツルツルとした手触りと光沢が特徴です。

 

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義母の遺した帯で、おそらく戦前のものと思われます。上品な刺繍が施されています。

地厚ですが名古屋帯なので重くなく、柔らかさがあってとても締めやすい帯でした。

ツルツルしていますが、締める時に滑ることはありません。むしろ塩瀬羽二重の帯のほうが滑りやすいように思いました。

 

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この緑色の帯締は写真映えはしませんが、全体を落ち着かせる役割を果たしてくれていると思います。

 

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この着物は同じ生地の八掛が付いているためどっしりとした重さはありますが、サラッとしていて裾捌きが良く、歩きやすいです。これもフォーマルな訪問着とは違うところでしょう。

 

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△ 33年の時を経たツーショット

あえて同じきもので先生をお訪ねしました。きものはつくづく長生きだと実感。ヒトと違い年を取りませんものね。

辻が花は1970年代終わり頃に久保田一竹氏が「一竹辻が花」を発表してから大変なブームになりました。

このきものも1980年頃のものだと思います。当時の私はこのような色合いのきものは初めてだったので少し戸惑いましたが、母がとても気に入っていたのを覚えています。

気軽に着られるお洒落訪問着、こんなに長く愛用するとは母も想像しなかったと思いますが、縦シボ縮緬の着心地がとても良いので、もう少しだけ娘に譲る前に着たいと思っています。

 

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