最近気になることの一つに「裄丈の長さ」があります。
きものが特別な装いになったことで、この頃は裄の長さも格別になったようです……。
1.きものの裄丈(ゆきたけ)とは
①裄丈とは
裄丈は、首のつけ根(うなじの中心)から手首のくるぶしの中心までの長さのことで、単に「裄 」とも言います。
肩巾の半分に袖巾を足したものでもあります。
②裄の測り方
私が子供の頃、裄丈は姿勢良く立ち、手を水平に伸ばした状態で測ってもらっていました。
それは大人になっても変わリませんでした。
△昭和の和裁の本に載っていた「寸法のとり方」(『上手に縫える着物の仕立て方』野村辰雄著 有紀書房 昭和56年より)
けれども、最近は、腕をやや下に(斜め45度くらい)おろして測るのが一般的になったようです。
ちなみに、紳士のワイシャツの裄丈は、首のつけ根から「手の甲半分くらいのところまで」の長さのことで、手は必ず下におろして測ります。
△紳士服の裄丈(メンズファッションの教科書シリーズ vol.4 『シャツ&タイの教科書』より)
時代とともに、着物も「袖は手首をしっかり覆う」という洋服と同じ感覚になってきたため、採寸方法も変化してきたと思われます。
③気になった写真
先日、とても気になった写真があります。それは地下鉄のホームに貼られていた広告写真でした。
美しいポスターなのですが、私には着物の裄丈が異様に長く感じられたのです。
このポスターを見た大半の人は何も違和感がなかったと思いますが、昭和の感覚を拭いきれない私には滑稽にさえ見えました。
無地の着物のせいもあると思います。
今回感じた違和感は、私のほうが慣れていかなければいけないことですが、これから着物を着ようと思っている若い人たちに、これがお手本だとは思ってほしくないのです。
もしもこれが基準の裄丈なら、譲られた古い着物はすべてアウトになってしまいそうだからです。
2.写真で見る裄丈の変化
①昔の裄丈
着物が日常着だった昔は、作業しやすいように裄丈は短かったと思われます。
よそゆきの着物は長めに作りますが、それでも手の甲が隠れる長さはありませんでした。
昭和時代までは、年齢や着物の種類に合わせて袖丈(たもとの長さ)を変えていましたが、同じように裄丈も柔らかものと普段着では違っていました。
また普段着の中でも、私が若い頃の日本舞踊の稽古着は、袖口を持ちやすいように裄を長めに作ってもらっていました。
当時は裄が長いのは芸者さんなど花柳界(かりゅうかい)の人たちの着物で、一般庶民が長いものを着ていると、借り着のようで野暮ったい、とまで言われていたのを覚えています。
裄や着丈の長い着方については「ゾロっと着て…(おかしい)」と母や祖母がそう表現していました。
衿の合わせが浅いので、裄丈はあまり長くないと思います。
長羽織でも裄は短めです。
紋付き黒羽織の裄丈も同じように短いです。
②昭和後期の雑誌では
△色無地(『上手に縫える着物の仕立て方』野村辰雄著 有紀書房 昭和56年より)
準礼装の色無地でも手首は出ています。
△紬(主婦の友デラックスシリーズ『美しい着つけと帯結び』より)
藍地の着物に赤い帯は昭和カジュアル着の定番でした。
△紬の訪問着(前掲書より)
女優の淡路恵子さん(故人)が自身お気に入りの染め結城を着て…
②現代の雑誌では
△ラメ糸入りの現代大島紬(『美しいキモノ』2016年秋号より)
△付下げ(前掲書より)
このように生地をたっぷり使う仕立ては、現代の豊かさを象徴しているのかもしれません。
3.裄が長くても短くても
①裄が長くなった理由
私が考えた理由は以下の通りです。
- きものがすべてよそゆきになり、日常着ではなくなった
- 長袖の洋服と同じ感覚で着物を見ると、手首が出ているのがおかしいと思うようになった
- 洋服でわざと長い袖を着るスタイルが流行った
- 手足の長い人にも対応できるように貸衣装の裄丈が変わった
②長めの裄の良い点と注意点
良い点
- エレガントに見える
- きものが高級そうに見える
- 紬でもよそゆきに見える
注意点
- 袖口が汚れやすい・引っかかりやすい
- 無地部分が多いときは間延びした感じになり、大きな体格に見える
- コートの裄丈をさらに長くしないと袖口から出てしまう
- 紬などのカジュアルな着物の場合、裄丈が長いと年配の人からは野暮ったいと思われることがある
③裄丈が短いときは
譲り受けた着物は裄丈が短いものが多いかと思いますが、着付け方や腕の使い方でかなりカバーできるはずです。
衿をしっかり抜いて半衿を見せるような着方をすると裄はいくらか長くなります。
腕を真っ直ぐに伸ばさずに、常に肘を曲げるような所作を心がければ、周りの人は裄が短いことに気づかないと思います。
最近仕立て直してもらった大島紬です。私にとっては快適な裄丈ですが…
このようにバッグをだらっと下げて持つと手首が見えています。
④好みの問題
裄丈に正解やマナーはありません。
極端に(洋服の七分袖位に)腕が出ることがなければ、少しぐらい短くても大丈夫です。
裄丈は好みの問題なので、裄が短いことを気にして着るのをやめてしまうのはもったいないです。カジュアルな着物はなおさらです。
譲り受けた留袖や訪問着も裄が短いからと諦める前に、着付け方を工夫したり、呉服屋さんや着付けの専門家に相談してみてください。
きちんと着付ければ結構大丈夫なものです。
ただし、長襦袢の裄のほうが長いと袖口が出て格好が悪いので、長襦袢の袖を安全ピンで止めて短くしたり、軽く縫い止めて着るようにしてください。
私の着物を3~4cm背が高い娘が着ても肘を曲げていれば大丈夫です。