ジョーゼットの夏の着物にバラ尽くしの取り合わせをしてみました。印伝のバラ柄ミニ財布も気に入っています。
1.ジョーゼットの単衣とバラの帯
①ジョーゼットとは
「ジョーゼット・クレープ」、または「クレープ・ジョーゼット」といいます。
クレープや縮緬の一種で、シボのある織物のことです。たて・よこ糸に強撚糸を2本ずつ交互に使用した平織の生地です。
たて、よこいずれの方向にも弾力性があるためシワになりにくいです。きめの細かいシボとシャリ味が特徴で、さらりとしてしなやかですが、光沢はほとんどありません。
ジョーゼットの名はフランスの婦人服商ジョーゼット夫人の名から付けられたもので、もとは商標名でした。
(参考:『テキスタイル用語辞典』)
②戦前の夏着物
今ではあまり見かけませんが、戦前はジョーゼットの着物が夏の単衣として人気があったようです。
以前にもご紹介しましたが、広げて写真を撮ってみて、初めて「透き紋紗」であることがわかりました。
こちらで取り上げています。
平織りの地にところどころ紗組織で文様が織り出されているのです。
祖母が無地の単衣として着たあと、模様(刷毛目模様?)に染め直したものであると推測されます。そして着やすい小紋として、母が結婚するときに持たされたのだと思います。
母は昭和40年頃まで着用していました。
同じようなジョーゼットの単衣を、きもの大先輩の知人が着用していました。
この着物も、元は彼女のお母様のものでした。
結婚の時(昭和半ば頃)、お母様が若い頃愛用していた無地系の着物に模様を入れて染め直し、持たせて下さったものだそうです。
モダンな柄のジョーゼットの着物を、80代の彼女は若々しく着こなしていました。
「母が持たせてくれた着物なのよ♪」と話す時の笑顔は少女のようでした。染め直しの経緯も私のとほぼ同じで感慨深いです。
昭和初期のジョーゼットの着物は、薄くて柔らかで少し頼りなげな生地ですが、伸縮性があるので意外に丈夫なのだと思います。
③絽綴れの帯
バラ文様の絽綴れ帯です。
バラなどの洋花は、季節に関係なく着用できます。この場合は夏帯なので「夏のバラ!」と思って着用しています。
2.7月に着用
①透け感がない夏着物
着心地は夏の薄物のように涼しいですが、透けないので単衣の時期でも着られます。
今回は7月、薄物としての着用なので草履はパナマにしました。
②バラの帯にバラのブローチ帯留め
昭和レトロな七宝焼のブローチを帯留めとして使いました。
帯の前柄が大きいと模様が重なって帯留めを合わせにくいのですが、綴れのバラが白いので、なんとか載せられました。
③バラのバレッタ
バラの細工のべっ甲バレッタを髪飾りにしました。
若い頃、両親との京都旅行の際に買ってもらった髪留めで、約40年大切に使っています。
バレッタというとバチンとしっかり留めるタイプのものですが、このような棒状のピンを利用して固定する髪留めのことを「ローマ留め」というそうです。
3.バラ模様の布バッグと甲州印伝のミニ財布
①ゴブラン織り バラのバッグ
バラ雑貨LALUICEのゴブラン生地のバッグです。フランス宮廷画家ルドゥーテの描いたバラだそうです。
布バッグは小さいわりに収納力があるので便利です。
暑い時期は革製よりも軽い布バッグのほうが涼しげに見えることもあります。
日傘を別に手で持つのであれば容量的にはこのバッグだけで十分ですが、当日は劇場で荷物をまとめられるように麻のサブバッグも持ちました。
②甲州印伝 バラ模様の財布
ミニタオルハンカチの横にあるのは甲州印伝の財布です。薄くて軽いコンパクトなお財布なので、小さなバッグのときは便利です。
甲州印伝 印傳屋「かぐわ」というシリーズの財布です。
サイズ:9.7×10.5×1.5cm(縦x横xマチ幅)
重さ:約50g
地革は天然の鹿革です。柄は漆(うるし)で描かれています。
背面についているポケットにはカードなどが入るようになっています。
(5枚は入ります)
小銭入れが四方開きで大きく開くので取り出しやすいです。
紙幣はここに2つに折って入れています。
着物のお出かけにはこのサイズのお財布がぴったりなので、バラ柄コーデに関係なく、いつも愛用しています。
③100回目の国立劇場 歌舞伎鑑賞教室
この日は国立劇場の歌舞伎鑑賞教室に行きました。歌舞伎鑑賞教室は2021年7月で100回目を迎えました。
△パンフレット
歌舞伎鑑賞教室は国立劇場開場翌年の昭和42年にスタートし、延べ入場者数は約615万人。7月は最多上演回数の人気演目「義経千本桜(河連法眼館の場)」が上演されました。(パンフレットより)
私も中高生時代、そして親になってからは子供と一緒に何度も鑑賞してきました。
分かりやすい解説と、良質の短い公演が夏の歌舞伎鑑賞としてはちょうどよいので、最近は友人とほぼ毎年楽しんでいます。
△平櫛田中(ひらぐしでんちゅう)作「鏡獅子」(1958年)の前で
六代目尾上菊五郎をモデルに、二十年以上の歳月をかけて作られた高さ2mの彫刻です。