洋装では高級ドレスのイメージがあるレースですが、着物ではカジュアルな存在です。
今日はレースでもちょっとよそゆき感のある夏きものについて、色使い、帯周り、そして実際の着用例もご紹介します。
1.レースときものの関わり
まず、レースについて少し調べてみました。
①ヨーロッパのレース
レースの始まりは紀元前1500年頃のエジプトです。
15世紀頃までには、フランドル(現在のオランダの一部、ベルギー西部、フランス北部)やイタリアのヴェネツィアで、ボビンに糸を巻いてブレードを編む方法が考案されていました。
15世紀末から16世紀初頭にかけてのイタリアのヴェネツィアにおいて、ドローンワークやカットワークから、レティセラやニードルレースが考案されました。
当時、イタリア製のレースは国外でも注目され、イタリアで流行したレースはヴェネツィアの商人によって、ヴェネツィアンレースとしてイギリス、フランス、スペイン、ドイツなどへ持ち込まれ、イギリス国王エリザベス1世はレースの衿を好んで用いました。
1808年にイギリスでレース機械が発明され、その後の改良によりあらゆる種類のレースを機械で正確に模倣出来るようになりました。
参考:ウィキペディア「レース (手芸)」より
ヨーロッパレースのほんの一部をご紹介します。
<16世紀・17世紀のレース>
△レティセラ
△プント・イン・アリア
△ヴェネツィアン・レース
<18世紀のレース>
△ブリュッセル・レース
<19世紀のレース>
△ニードル・レース
△ボビン・レース
いずれも『テキスタイル用語辞典』より。(この本は膨大な数の糸や生地に関する情報が写真付きで網羅されていて、服好き、生地好きの方には本当にオススメです……。)
②日本におけるレース
日本では明治時代のはじめ、横浜にレース教習所が明治政府によって設立されました。
(前掲のウィキペディアより)
明治後半から大正時代には襦袢やショールなどにレースが使われはじめたようです。
洋装文化が根付き始めたこの頃、和装にはなかったレースを、日本人はハイカラなファッションとして取り入れたのではないでしょうか。
③レース付き肌襦袢
昭和はレース付き肌襦袢が流行った時代だったように思います。
私が子供の頃、自分はガーゼ生地のふつうの肌襦袢でしたが、母が着る大人の肌襦袢には必ずレースが付いていました。
現代にもレースを袖口に付けた「衿付き半襦袢」がありますが、それは長襦袢を省略しても良いように<半衿>が付いている「うそつき襦袢」といわれるものです。
それとは別に、レース付き肌襦袢は一番下に着る肌着で、その上に長襦袢を着ます。
レース付き肌襦袢を着ていると、時々袖口からチラッとレースがのぞき、当時はそれが素敵に見えたものです。
2.レースの着物
①薄物(うすもの)の無地として
これは若い頃着ていた着物で、裏地の無いレースです。
当時は絽と紗の中間に位置する着物として、7-8月に少し改まった場所に着ていました。
生地はチュールレースのような網状で紗に近いですが、コードレースのような立体刺繍でエレガントな雰囲気です。
<紗>よりも格が上の、<絽>に近いきものだと思って着用していました。
色つきの刺繍紋が付いています。
レースに刺繍紋は、<絽の一つ紋付き>と違って格が下がりますが、ちょっとだけ改まった雰囲気を演出できます。
実のところ、レースの着物は格で言えば完全にカジュアルな遊び着です。
でもこの絹のレースは柔らかく、しっとりとした落ち感もあるので、軽いお茶会や囃子の稽古会などにも着用していました。
②寿光織
この生地は、以前、西陣の老舗で織られていた寿光織(じゅこうおり)という白生地ブランドのレースです。
レースの生地の多くは、道行きコートや長襦袢として使われていたようです。
このハギレは、今は帯揚げとして使用しています。
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こちらで取り上げています。
③ダンスの会に
先日、友人からアルゼンチンタンゴの会に誘われました。
美しく妖艶なダンスを見るのにどんな着物が良いか悩んでいたときに、友人が以前着ていたダンスのコスチュームを思い出しました。
シックなベルベットスカートがレースの美しさを引き立たせています。(私は訪問着を着用しました)
鮮やかなスカイブルーのドレスにも、可憐なレースがふんだんに使われています。
今回は友人の発表会ではありませんが、ダンサーの素敵なコスチュームを想像して、きものをレースに決めました。
着用は約20年ぶりなので少し不安はありますが、帯や小物は落ち着いたものにしてチャレンジすることにします。
3.着てみた
①近い色でまとめる
全体の色を、薄い緑~グレーの間でおさめて落ち着かせました。
同じ系統の色の濃淡ではなく、このように少し違うグループの色でも、着物の場合は何となく合ってしまうものです。
また、置いてみただけでは合っていなくても、着てみると馴染むこともあります。
②帯まわり
帯は秋草文様の紗の袋帯です
帯揚げと帯締めは目立たせず涼感を出すようにしました。
バッグは葡萄更紗(ぶどうさらさ)文様の金唐革(きんからかわ)*です。
着物が無地のときは柄物のバッグが映えます。
*金唐革(きんからかわ)…15世紀のルネッサンス時代のイタリアで生まれた皮革工芸です。
日本では金箔を張った外来の革「唐革」という意味で「金唐革」と名付けられたようです。
こちらで少し取り上げています。
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③タンゴハウス パンパミア
梅雨の晴れ間の暑い日、東京都江戸川区にある会場に行きました。
「パンパミア」は日本では唯一、そして最初のタンゴハウスだそうです。
当日は3組の本場アルゼンチンのプロダンサーによる情熱的で躍動感あふれるショーを鑑賞しました。
途中何度も衣装替えが行われ、女性ダンサーたちは後半、レースのドレスを身にまとっていました。
色は黒ですが、どれも美しい体型を強調する魅力的なコスチュームでした。(撮影NGの為ご紹介できなくて残念です)
友人はこの日は観客ですが、そのままステージに立てそうなレースのワンピースを着用。(私がレースの着物を着るつもりだと話したので合わせてくれたそうです)
タンゴハウスのオーナーでダンサーのアルバロさん(男性)と、パートナーダンサーのフリエタさんと
④日本人が憧れたレース
明治の文明開化期、鹿鳴館では日本の上流階級の婦人がレースや刺繍のドレスで夜会を楽しんでいたそうですが、市民は着物の生活でした。
△明治時代の錦絵「貴顕舞踏の略図」(きけんぶとうのりゃくず)(『第五版 新訂国語総覧』京都書房より)
その後、徐々に欧米文化が入るにつれて、日本人はレースに憧れを抱き、和装にもレースを少しずつ取り入れたのだと思います。
この日のステージを見て、改めて日本人が憧れたレースの良さが分かりました。
ドレスは、体に合わせて立体的に無駄なく裁断して作られますが、きものは長い反物を直線裁断して平面的に縫います。
着ると体の線も覆ってしまうことになるので、曲線の美はなくなります。
けれども、その代わりにたっぷり使われたシルク生地の優雅さと、それを身にまとうことの喜びがあるように思います。
レース着物は生地が重なるので透け感は出ませんが、着用時の軽さと伸縮性が魅力です。
アルゼンチンタンゴのおかげで、久しぶりにレース独特の着心地を味わうことができました。