立春から雛の節句までの間に着用したくなる縮緬の帯があります。
以前にもご紹介した貝文様の絽刺し(ろざし)刺繍の帯ですが、今回は渋い着物に合わせてみました。
1.海松貝(みるがい)文様の帯
①海松貝文様とは
海松(みる)というのは海藻で、松の葉に似ていることからこの字が当てられたようです。
その海藻を貝が食べている様子、または貝と海松を合わせた文様を海松貝文様といいます。
△ミル(海藻)(Wikipedia.org より)
ミルは「現在の日本では食べる習慣はあまりないが、古代には一般的な食用海藻で、租税としても納められた。(Wikipedia.org より)」とのこと。
昔の人にとってはごく身近な海藻だったので文様にも取り入れられたのでしょう。
②古くからの文様
貝や海藻、波や松などの浜辺の風景を描いたものは平安時代から続く有職文様で、「海賦(かいふ)文様」といいます。
昨年夏、東京国立博物館の特別展「きもの」にも展示されていました。
△「縫箔* 浅葱白段紗綾地海賦模様(ぬいはく あさぎしろだん さやじ かいふもよう)」
安土桃山~江戸時代 16~17世紀、『特別展 きもの KIMONO』図録より
*縫箔(ぬいはく)…刺繍や金銀の箔を施した能装束のことです。
△模様の拡大(前掲書より)
蛤やサザエ、巻貝などの貝とミルの刺繍が美しく、見ているだけで楽しくなるような明るさをもった装束でした。
海松貝文様や海賦文様は、現代人には少し変わった文様に見えるかもしれませんが、昔の人にとっては親しみと格式を併せ持つ愛すべき意匠なのだと思います。
③絽刺し刺繍
帯は縮緬地に絽刺しを縫い付け、細い海藻や紐は刺繍で表しています。
絽刺しと刺繍のアップ
絽刺しは奈良時代から続く日本の伝統的な刺繍です。
絽の織り目のすきまを利用して、縦方向に絽刺し糸で刺し、布地全体を埋めていくので、織物のような重厚感があります。
△絽刺しをしている様子(「刺繍と人形」展の紹介映像より(2019年3月開催 江戸川区伝統工芸「刺繍と人形」展))
こちらで取り上げています。
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2.今までの取り合わせ
海を思わせる水色に貝と海藻…というと海辺の風景で夏をイメージしますが、この帯は縮緬なので明らかに袷(あわせ)の季節のものです。
私は2月~3月はじめに着用しています。<貝→貝合せ→ひな祭り>という連想でもあります。
①藍の結城紬に
唐草柄を波に見立てて合わせました。
着心地良くカジュアルな装いです。
②十日町紬に
桃の節句を意識して明るい装いにしました。
小物や根付もピンクです。
③絞りの小紋に
追善の能「融(とおる)」を鑑賞したときの取り合わせ。
少しあらたまった雰囲気にしました。
能の題材にちなんでこの帯を選びました。
詳しくはこちらで取り上げています。
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3.茶色の御召に
今回は茶色の着物に挑戦しました。
①よろけ縞のきもの
茶色地に金茶のよろけ縞が入っている御召(おめし)です。
遠目では無地っぽくなり、老けて見えるのであまり袖を通すことがない着物です。
渋い色なので、以前は白地の帯を合わせていました。白の帯だと雰囲気は明るくなりますが、面白味に欠けます。
海松貝文様の帯を合わせるとどうでしょうか……?
②補色の関係?
茶色の着物に青色の帯は少し不安でしたが、着ると意外にもしっくりと合いました。
そもそもブルー系と茶系は補色*の関係にあります。
同系色でスッキリまとめることが多い現代の帯合わせとは逆行していますが、私はメリハリの効いた取り合わせが好きです。
*補色……反対色ともいい、似た様な色でないのに、コーディネートとして合う色です。茶と青の組み合わせは着物ではあまり見かけませんが、洋服では「アズーロ・エ・マローネ(空色と栗色)」として、とてもポピュラーな配色です。補色同士の色の組み合わせは、互いの色を引き立て合う相乗効果があるようです。
△補色の色相環(Wikipedia.org より)
③帯揚げと帯締め
帯揚げは絞り。クリーム色に白の絞りで、ところどころ茶色の絞りが入っています。
帯締めは朱色の濃淡で明るいものを選びました。
絽刺しの糸にも茶色や朱色が使われていたので、あまり違和感はないようです。
草履は茶色のセンザンコウ。
鼻緒も茶色の縞です。
帯以外の色は同系色でまとめると、うるさい感じにならないと思います。
「着物一枚に帯三本」と言いますが、今回は帯一本に焦点を当て、きものによる違いを振り返りました。
きものと帯の取り合わせは予想以上に幅があり、自由です。
置いて合わせたときにはダメかと思っても、着てみると意外にいける!ということもしばしばです。
お気に入りの帯や譲り受けた帯があったら、いろいろな着物と合わせて<実際に着て>みてください。
新しい発見があると思います。