先日、細かい蚊絣のきものを着ました。薄物の絣ならではの魅力をご紹介します。
1.蚊絣(かがすり)とは
経(たて)糸と緯(よこ)糸を十字に織り出す「十字絣」の中で、さらに細かく密に織り出したものを蚊絣といいます。
絣で花柄などの模様をあらわすのではなく、小さな十字型の絣が等間隔で規則正しく並んでいるものをさし、蚊絣のきものは遠目には無地のように見えます。
十字絣は単純な絣なので、「書生絣」といって日常着にしたそうです。(『きもの文様図鑑』長崎巌・監修 弓岡勝美・編、平凡社2005年より引用)
これは夏の小千谷縮です。(『衣匠美』白洲正子著 世界文化出版 2000年より引用)
2.明治女性の夏きもの
ご紹介するのは、夫の祖母が遺したきものです。保管されていた叔父の家から私のところに昨年届けられました。実の娘である夫の母は着ることがないまま、私が譲り受けた形です。
①明治生まれの女性
祖母は明治28年東京日本橋生まれ。細かい柄の地味な小紋に長羽織ですが、指輪をはめ、ななめに締めた三分紐にちいさな帯留めを付けていて、控えめですがお洒落をしているようです。
②麻?
はじめて触ったとき、軽くてハリがあったので麻だと思いました。
そして小千谷縮ほどではありませんがシボがあり、とても涼しそうでしたので、きものの産地や種類は気にせず、着てみることにしました。
私は麻だと思い込んでいたのですが、着用後、きものを畳んでみて絹であることを確信しました。全くシワになっていなかったからです。
そして、「今まで見たことはないけど、もしかしたらこれが夏塩沢?」と思いつき、呉服屋さんに確認したところ、「とても精巧な昔ならではの夏塩沢です。」との返事でした。
③夏塩沢とは
新潟県南魚沼市で作られ、麻織物の「越後上布」の伝統技術を活かした夏用の絹織物です。
『経糸・緯糸ともに、「生糸」*・「玉糸」*の強撚糸(強い撚りをかけた糸)である「駒糸」に絣模様を施し、手作業による平織りによって1本1本絣合わせを行い、蚊絣・亀甲絣の模様を織り出し、独特の透明感と涼感を表現しています。』
塩沢つむぎ記念館の小冊子『塩沢の織物ミニ辞典』より
*生糸…蚕の繭から繭糸を繰り取り、製糸して作られる絹糸で、精練する前の糸のこと
*玉糸…2匹以上の蚕がひとつの繭を作ったものを「玉繭」といい、玉繭から繰り取った糸のこと。
蚕同士の糸が交錯するため、節のある不規則な糸になる。
3.夏塩沢を着る
①半幅帯で
着てみると白い麻の長襦袢が透けて見え、黒っぽい印象が変わりました。
近寄れば絣がはっきりわかります。
半幅帯を締めると浴衣感覚で着られます。
夏の薄物ならではの透け感です。
②紗の名古屋帯で
粗い紗の名古屋帯を合わせました。
お太鼓で後ろ姿にボリュームが出ます。
帯と着物がモノトーンなので、帯揚や帯締は何色を持ってきても合うようです。
堆朱(ついしゅ)の根付をしました。多色使いの金魚です。
③着用の感想
- 手にした時は地味な印象でしたが、着てみると透け感のせいか、明るい雰囲気に感じました。
- 麻のように涼しく軽いのですが、シワにならない点が魅力だと思いました。
- 夏塩沢は浴衣のようにも着られますが、麻のような突っ張り感がないので、取り合わせによってはエレガントな着こなしもできると思いました。
4.世代を超えて受け継がれる絣や縞
①古くならない模様
今回ご紹介した蚊絣は男物に多い地味な絣です。けれども、流行がなく誰にでも似合うので、女性が着てもおしゃれです。
そして古さを感じさせません。
これと似たものに「縞お召」があります。
②縞お召
戦前の縞お召の着物です。
茶と黒の地味な子持ち縞*です。
*子持ち縞…太い縞に細い縞を添わせた縞模様
江戸東京博物館に着て行きました。(以下の記事参照)
この縞お召の持ち主は、やはり明治生まれの女性、夫の父方の祖母でした。(明治23年、東京生まれ)
昭和20年代後半、縞お召に黒羽織を着ています。
柔らかなたれ感と滑らないシャリ感を両方備えたお召のきものは、街着として、または黒羽織でよそゆきとして、きっと重宝していたのだと思います。
「蚊絣」と「縞お召」……。
会ったことのない二人の女性から、私は縁あってこれらの伝統的な模様のきものを譲り受けました。
着てみたら昔の日本女性の「粋」を感じ、そして奇をてらうことのないシンプルさは、私に安心感を与えてくれました。