今日は帯飾りとしての根付ではなく、江戸時代から使われていた本来の根付を取り上げます。
「続・帯飾り「根付」を考える」シリーズ一覧
- 着物の根付け、お気に入りを素材別に一挙公開!
- 根付の着用例、コーディネート
- 【今回】根付の歴史と高円宮コレクション
- 更紗のきもので高円宮コレクションへ
1.根付の歴史
①本来の根付とは
江戸時代の日本人は、巾着や煙草入れ、印籠、矢立てなどを持ち歩く際、紐を付けて帯から吊るしました。
その紐の端に取り付けた留め具が根付です。
ですから、本来の根付は持ち物が落ちないように留めるための実用品であり、私達が帯に付ける根付よりは大ぶりのものです。
本来の根付の特徴は……
- 紐を通す穴がある
- 帯と腰の間に通り、腰に付けて邪魔にならない大きさと形である
- 置物ではないので、細工や彫刻はすべての面に施されている
このように、根付は実用品としての制約の上にさまざまな形のものが作られていきました。
②歴史
根付がいつ頃から使われたのかはよく分からないようですが、風俗画によると、安土桃山時代から江戸時代初期には使用されていたようです。
17世紀後半からは印籠や巾着を下げる人が増えて根付の需要が高まり、さら18世紀半ば以降は煙草入れの着用が増えたことで、ますます根付は盛んに制作されました。
根付の全盛期は19世紀、文化文政時代です。
町人文化の繁栄とともに豪商ばかりでなく職人や一般庶民、女性や子供までが根付を身につけたようです。
しかし、幕末頃からは根付人気に陰りが出始め、紙巻たばこの普及、明治維新後の服装の変化などで、さらに根付の人気は衰えてしまいました。
その反面、海外での人気は高まり、輸出されるようになりました。
③昔の根付
本来の根付はどのようなものだったのでしょう。駒田牧子著『根付』よりご紹介します。
<根付を含む提げ物として>
△煙草入れ 江戸後期(『根付 NETSUKE』駒田牧子著 渡邊正憲監修 角川ソフィア文庫 平成27年 より)
根付部分は南洋人、前金具は中国人、煙草入れはオランダ発祥の金唐革(きんからかわ)ということで、この提げ物全体で「異国」を表しているそうです。
△印籠 幕末明治(前掲書より)
根付は鈴木東谷(とうこく)、印籠の蒔絵は柴田是真(ぜしん)の作。いずれも幕末から明治にかけて活躍した名工同士の取り合わせだそうです。
この本では巾着の説明はありませんでしたが、おそらく古渡更紗の逸品を使用したものだと思います。
当時の所有者はさぞ誇らしかったことでしょう。
でもこれだけ傷みがなく残っているということは、もったいなくて使えなかったのかもしれませんね。
<木彫りの根付>
△鹿 江戸中期 (4.5cm)(前掲書より)
△親子虎 江戸中期 (3.8cm)(前掲書より)
昔の根付は手のひらにちょうど入るぐらいの大きさで、壊れたり引っかかったりしないように、大半は丸みを帯びていたようです。
④根付の人気
根付は、江戸時代から近代にかけての「古根付」と、昭和、平成に作られた「現代根付」に大別されます。
海外でも、根付は骨董的蒐集(しゅうしゅう)品として高く評価されてきました。
欧米では19世紀後半から、20世紀初頭にかけてジャポニズムが流行し、根付も浮世絵などとともに人気を博したようです。
日本に西洋医学をもたらしたシーボルト、大森貝塚を発見したモース、彫刻家ロダンも根付を蒐集していたそうです。
現代でも、根付は制作され続けています。
牙彫、木彫、蒔絵、彫金などの技巧と精緻な描写が、手のひらサイズに凝縮されているので、日本の工芸品として海外でも高い評価を受けているのです。
(参考:『根付 NETSUKE』駒田牧子著 渡邊正憲監修 角川ソフィア文庫 平成27年 より)
△『根付 NETSUKE』
根付に関して初心者向けに丁寧に説明され、写真も豊富で大変楽しいおすすめの
本です。
2.高円宮コレクション
①高円宮コレクションとは
故高円宮憲仁親王殿下と久子殿下は、根付の蒐集家として広く知られています。
現代根付は伝統的な材料の他いろいろな素材が用いられ、創意工夫が凝らされています。高円宮殿下はこうした現代根付を日本国内にも残し、展示していくことが必要だとお考えになり、熱心に蒐集なさいました。
現在も妃殿下は展覧会や講演会、執筆などを通じて根付の普及と作家の支援に力を尽くされています。
②高円宮憲仁親王著『現代根付・高円宮コレクション』
『現代根付・高円宮コレクション』(白鳥舎発行 2003年)は、高円宮憲仁親王殿下が蒐集された現代根付の写真と作家の略歴を紹介し、合わせて根付の制作工程もわかりやすく説明された本です。
その中で印象に残った高円宮殿下の文章をご紹介します。殿下が根付の魅力について触れられた箇所です。
(前略)また根付の大きな特徴は一つはその題材の面白さにある。
人物などは歴史や文学から採られたものが多いのでストーリー性がある。
引っ繰り返すと、アレッ!というトンチ根付も多い。たとえば人が一所懸命に床を磨いている。それを裏返すと床が”心”の形になっている。つまり”心を磨く人”というわけである。
これらの面白さを私は「ひねり」と呼んでいる。大きさの制約からくる形のひねり、そして題材のひねりである。印籠はもっぱら武士が使ったものだから、そこには蒔絵や象嵌による美の追求がある。しかし根付は、商人も町人も農民もすべての人が持っていたものだから”ひねり”の面白さがある。
印籠が『能』であるならば、根付は『狂言』の世界といってもいいのかもしれない。
同書<根付の意匠>より
△根付を愛でられる高円宮憲仁親王殿下(前掲書より)
この本には、海外の作家による作品も掲載されています。
アレクサンダー・デルカチェンコ(ウクライナ在住)の作品
△相撲3/Sumo3(『現代根付・高円宮コレクション』(白鳥舎発行 2003年)より)
△狐僧/Fox Monk(前掲書より)
③高円宮妃久子編『根付・高円宮コレクションⅡ』
『根付・高円宮コレクションⅡ』(思文閣出版発行 2006年)は、2003年発行の『現代根付・高円宮コレクション』に載せきれなかった現代根付とその作家、憲仁親王殿下が蒐集された古根付と印籠などが紹介されています。(約330点をカラー図版で紹介)
そもそも、殿下の根付蒐集のきっかけは妃殿下でした。
妃殿下は英国在住の頃から根付をご覧になる機会が多く、学生時代から集めていらっしゃったそうです。それらの根付に関して述べられた文章の一部をご紹介します。
(前略)私にとってはどれも大事な根付でしたので、いつも身近に飾っており、それが宮様のお目にとまって、興味をおもちになりました。
(中略)その後におもとめになった最初の根付、「十二神将の午」を私の誕生日のプレゼントとしてくださいました。婚約発表のちょうど2週間くらい前のことです。夫婦揃って共通の趣味があり、好みも似ているということはとても幸せなことです。縁あって出会えた作品の数々をお手に取り、ゆっくりご覧になるお姿はいつもとても穏やかでした。
新しい根付をお持ち帰りになると片手で包み込むようになさって、そっと私の差し出す手の中に入れてくださいました。
私の反応をじっとご覧になるのも楽しみの一つにしていらしたように思います。
△十二神将 左から午、辰、寅、午、巳(家族の干支を神将に見立てた作品 象牙製)(前掲書より)
△『現代根付・高円宮コレクション』(白鳥舎発行 2003年)(左)、『根付・高円宮コレクションⅡ』(思文閣出版発行 2006年)(右)
幸いなことに、私達は高円宮コレクションの一部をいつでも見ることができます。
続きはまた次回に。