桃の節句・端午の節句・重陽の節句の刺繍帯 ~1本で3つの節句を表現した「引き抜き帯」~

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「着物一枚に帯三本」という言葉をよく聞きます。

1枚の着物でも帯を変えれば3通りの着こなしができるという意味ですが、今回ご紹介する帯は1本なのに3つ、または4つの節句時に着用できる珍しいものです。

1.つづれ織りの引き抜き帯

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この帯は昭和初期頃のもので、無地の綴織(つづれおり)に刺繍が施されています。
現代の袋帯とは違う締め方の「引き抜き帯」になっています。

①引き抜き帯とは

江戸時代~大正、昭和初期に一般的に使用された丸帯の結び方からつけられた俗称です。

帯を結ぶ時、たれの端まで抜いてひと結びするのではなく、たれ部分が残るように「太鼓になる部分だけを引き抜く」という意味から名付けられたようです。

以前ご紹介した羽衣の刺繍の引き抜き帯で説明します。

 

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左が前に出る部分、右がお太鼓部分です。

右上に折り返されているのがお太鼓のたれ。この帯をふつうに結んでしまうとお太鼓柄は逆さまになり、タレは裏側が出てしまいます。

ですから、引き抜き帯独特の結び方をしなければならないのです。

②引き抜き帯の仕組み(簡単に)

実際の帯を使うとわかりにくいので、ここでは以前人形を使ってご紹介した説明を載せておきます。

引き抜き帯は単純な結び方なのですが、現代人にとってはわかりにくいものです。

そこで、以前Suicaペンギンで解説したときの写真を使ってもう一度説明します。

モデルと材料

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左から

  • Suicaペンギンペットボトルケース
  • 帯のかわり……伊達衿
  • 帯揚げ……髪用リボン
  • 帯締め……紐

結び方

1)帯を胴に巻く

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普通の結び方と同じように帯を胴に二巻きします。

2)たれを引き上げて結ぶ

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手先(短い方)の上にたれ(長い方)をのせて、下からくぐらせたら一回結び、たれを引き抜いていきます。

3)たれの長さを決めて締める

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ちょうどよいたれの長さになったらもう一度結び目をキュッと締めます。たれは帯の裏(白)が見えています。

4)帯枕と帯揚げをかける

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お太鼓部分は二重になっているので二枚を揃えてから帯枕と帯揚げを当てます。

5)お太鼓を作る

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お太鼓部分を下ろして内側に折ります。ここで柄の上下の向きが変わることになります。

 

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帯締めを通して帯揚げを整えます。

6)完成

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出来上がりました。

 

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帯を折り畳まずに結んでいるので、その分お太鼓がふっくらして趣があります。

 

引き抜き帯は片面だけで使用する場合もありますが、表と裏で異なる季節を表すリバーシブルになっていることが多く、昔の人の工夫が込められた帯なのです。

 

2.刺繍で表現された節句

この帯に施された刺繍をよく見てみましょう。

①若菜かご

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お太鼓のたれ部分の刺繍です。

若菜摘みの籠(かご)と若草、若松が刺繍されているので、これは1月7日の「人日(じんじつ)の節句」を表しているようです。

「人日の節句」はあまり馴染みがない言葉ですが、七草粥を食べる日として現代に定着していますね。

ただ実際に着用すると、この籠はほとんどがお太鼓に隠れるのであまり目立たないようです。

②お雛様

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お太鼓部分です。

豪華で精緻な刺繍で、少し斜めになっている配置が躍動感や立体感を生み出しているようです。

3月3日の「上巳(じょうし、じょうみ)の節句」(桃の節句)を表しています。

③太刀と菖蒲

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太刀と花菖蒲、ヨモギの葉などが刺繍されている前部分です。

5月5日の「端午(たんご)の節句」を表しています。

④菊と軍配

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お太鼓部分に3色の菊花と軍配の刺繍です。

豪華な菊の刺繍は9月9日の「重陽(ちょうよう)の節句」を連想させます。

重陽の節句は不老長寿を願う行事として伝えられているものです。

菊はおめでたい柄として季節を問わず用いることができるので、前柄の「太刀と菖蒲」にも合わせることができます。

ここでポイントとなるのは「軍配」の刺繍です。

軍配は戦で使われるものとして端午の節句にふさわしい文様なので、花菖蒲を前柄で着用するときは、菊の中の軍配が際立って見えるのではないでしょうか……。

そして秋の柄として装うときは、菊がいっそう目立つように思われます。さらに能楽「菊慈童(きくじどう)」「枕慈童(まくらじどう)」*を思い起こす人もいるはず……。

*能 枕慈童(観世流は菊慈童)
菊慈童は中国の仙人(仙童)で、菊から滴る雫を飲んで不老不死になったと伝えられています。その伝説をもとに作られ、帝の長寿と末永い繁栄を祈念して祝うおめでたい曲です。

この能で菊慈童が手にしているのが唐団扇(とううちわ)という軍配に似たもので、昔の人は菊・軍配→長寿、重陽の節句としてイメージを膨らませたのではないかと私は考えます。

 

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△能「菊慈童」
軍配のような唐団扇を手に舞うシテ(中森晶三(1995)『能のデザイン図典』東方出版より)

⑤硯、筆、早蕨、桜、たんぽぽ、菊

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桜、早蕨、たんぽぽの蒔絵文様の硯箱、まわりには菊があしらわれています。

これは桃の節句のお太鼓柄(雛人形)のときと、重陽の節句のお太鼓柄(菊)のときの両方に使われる帯前の柄だと思われます。

 

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硯と筆の刺繍が地味な色合いながら美しいです。

⑥小菊

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菊柄のお太鼓の下に合わせるたれ部分です。

お太鼓の大輪の菊とたれの可愛らしい小菊が合わさって、華やかな「菊尽くし」文様になります。

 

3.季節の楽しみ方は何通り?

次に胴部分、お太鼓、タレの柄の組み合わせをしてみます。

①新春

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たれの若菜かごと硯箱の早蕨で初春、早春のイメージです。

②桃の節句・その1

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雛人形をお太鼓にするときに普通に出るたれは若菜かごです。

③桃の節句・その2

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お太鼓側とは違う、裏側をたれにすると小菊のたれが出ます。可愛らしい装いになります。

④端午の節句・その1

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たれにも菊が添えられているので、後ろ姿は華やかです。

⑤端午の節句・その2

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たれの刺繍がおとなしくなることで軍配が少し強調される気がします。

⑥重陽の節句

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前柄も菊の部分を中央に出せば、菊の季節にぴったりの装いになりそうです。

このように、一本の帯で6通りの締め方ができることがわかりました。

着用が楽しみです……。

続く

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