前回に続き新宿・柿傳ギャラリーで開催された「茶の湯の裂地展」を取り上げます。
当日は鏡裏文(きょうりもん)の単衣を着用しました。
1.大正~昭和の更紗、印金、竹屋町
最後の個展を開催した鈴木時代裂研究所所長の鈴木一弘氏の祖父・繁太郎さんと父・一さんの作品をご紹介します。
①祖父 鈴木繁太郎(しげたろう)氏(1891-1948)の作品
鈴木繁太郎氏は香川県生まれ。東京美術学校卒業。31歳のときに『古渡印度更紗模様』を出版。
一弘さんの展示解説には次のようなエピソードも書かれていました。
父が戦争に行くことが決まった時、祖父は「印金」と「金更紗」の技法を数日間、部屋に籠り父に伝授したようです。祖父は「この戦争でどちらかが亡くなっても、遺された者が技法を誰かに伝えることができる」とのおもいだったようです。
戦時下、なんとか技術を後世に残そうとした祖父繁太郎さんの切実な思いが伝わってきます。
厚手の生地に蝋染(ろうぞめ)をして金泥(きんでい)で描いた繁太郎さんの遺作。
今回初公開された作品です。
②父 鈴木一(はじめ)氏(1925~2009)の作品
一さんは会社勤めをしながら蒐集(しゅうしゅう)と研究を続け、1985年に研究所を設立しました。また、金襴、緞子、更紗、竹屋町などの研究と復原、そして染織の指導まですべて自分で行ったそうです。
鈴木一氏は生涯で109作の「竹屋町掛け軸」を作ったそうです。
△2003年の鈴木一氏(78歳)(鈴木夫妻と私 新宿京王ギャラリーの展示会で)
一さんの作品コーナーには、茶碗や仏画も展示されていました。
この日は鏡裏文(きょうりもん)の小紋に紗の生地の帯を締めました。帯は鈴木一さん製作の竹屋町刺繍の袋帯です。
2.鏡裏文(きょうりもん)
①鏡裏文とは
鏡文(かがみもん) 裏鏡(うらかがみ)とも言い、鏡の裏側の模様を図案化したものです。
古い鏡は奈良時代に中国から日本に渡り、姿を映す調度品としてだけでなく、祭祀の道具や墓への副葬品として扱われました。
正倉院の宝物の中には、裏を金・銀・螺鈿(らでん)で装飾された豪華な宝鏡があります。それをもとにしてきものや帯の文様に意匠化されたのが鏡裏文です。
鏡裏文は吉祥文様とされ、礼装用の着物や袋帯、婚礼衣装などにも使われています。
△鏡文の織りの帯(長崎巌監修、弓岡勝美編(2005)『きもの文様図鑑』平凡社より)
鏡の裏と飾り紐が立体的な刺繍で表されています。
鏡に紐がつくと一段と雅やかになりますね。
②正倉院宝物の鏡
鏡裏文の元になった宝物(ほうもつ)を見てみましょう。
△平螺鈿背八角鏡( へいらでんはい はっかくきょう) 直径27.4cm(『太陽正倉院シリーズⅡ 正倉院と唐朝工芸』平凡社(1981年)より)
△青銅螺鈿鴛鴦宝相華文八花鏡 (せいどうらでん えんおうほうそうげもん はっかきょう)直径24.6cm(前掲書より)
△ 黄金瑠璃鈿背十二稜鏡(おうごんるりでんはい じゅうにりょうきょう)直径18.5cm(前掲書)
これらは正倉院に収められている中国、唐時代の宝物ですが、着物の文様に取り入れられたことで、現代人も宝鏡を身近に感じることができるのかもしれません。
3.当日のきもの
①羽二重の単衣
今回着用した着物は羽二重の単衣です。
羽二重というと、すぐにイメージできるのは男性用の礼装(黒紋付)です。どっしりとした厚手の生地を用いますが、帯地としてもポピュラーですし、薄手のものは裏地などに使われます。
羽二重の特徴
一般的な平織りはたて糸1本と同じ太さのよこ糸1本で織られますが、羽二重はたて糸は細い2本、よこ糸1本は水で湿らせてから織る製織法を用います。
よこ糸がしっかり打ち込めるので組織が密になり、軽さと適度なハリ、そしてなめらかな光沢が生まれます。
(参考:閏間正雄 監修(2014)『服地の基本がわかるテキスタイル事典』ナツメ社)
この単衣の小紋はサラッとした肌触りと程よいハリが心地よく、柄も季節を問わないことから暑さを感じる6月、9月に夏帯を合わせて着用することが多いです。
②帯と帯揚げなど
帯の表生地は紗ですが夏帯ではなく、裏地のある通年用の袋帯です。竹屋町刺繍は紗の生地に施すものなので、涼し気な雰囲気になるようです。
帯締めは金の冠組(かんむりぐみ/ゆるぎぐみ)です。細めなので結んだあとの紐は重ねずに幅を広くしています。
金の帯締めは礼装用なのかもしれませんが、竹屋町刺繍の金糸に合わせてこれを選びました。
帯締め・結んだあとの紐の始末
着付け教室などで「帯締めの紐は重ねて一本に見えるようにしましょう」と教えるところもあるようですが、それは好きにすれば良いと思っています。
帯の柄が多い場合はすっきりと一本に、無地に近い帯のときは少し太めに見せるほうがバランスが良くなるようです。
3.柿傳のランチ
当日はビル8階の京懐石・柿傳で「おたのしみランチ」(5,500円)をいただきました。
△柿傳ギャラリーが入る安与ビル(新宿駅中央東口より徒歩1分)
全6品に抹茶と干菓子がついています。
一部をご紹介します。
ご飯はおかわりできますが、予約の段階で少なめをお願いしました。
どのお料理もシンプルながら仕上げが丁寧。お出汁と素材を生かした懐石料理ならではの美味しさでした。
お運びの女性たちは美しい和服姿で落ち着いた接客をしてくれます。新宿の喧騒を忘れるひとときでした。