新緑が美しい5月の週末、色留袖で結婚披露宴に出席しました。
今日はその時のお話です。
1.祖母からの色留袖
この色留袖は、昭和50年代前半に祖母が新調したものです。祖母が着たのは1~2回。その後すぐに母が譲り受け、53歳の時に初めて着ています。披露宴に出席する母に私が着付けてあげたのでよく覚えているのです。
シルバーグレーに紗綾形(さやがた)*の地紋が織り出されたものです。
*紗綾形:卍(万字)という漢字を斜めに崩して連続的に繋げた文様のこと。
相良縫い(さがらぬい)*の刺繍が施されています。
*相良縫い:生地の裏から糸を抜き出して結び玉を作り、これを連ねて模様を描いていく技法。フランス刺繍の「フレンチノット」と同じ。
相良縫いの他に……右上の松は白い糸で平縫いされた上に金糸で松の枝を刺したもの、右下は下地の刺繍を押さえるために金糸で麻の葉模様を刺すという技法です。
2.御祝いの気持ちを込めた帯
唐織の『源氏物語』の帯です。『源氏物語』第五帖。源氏の君が北山で幼い若紫(紫の上)を垣間見るという有名な出会いの場面です。
本当はこの辺り、金糸で牛車や花が織られていますが、新郎新婦をイメージして若い二人の姿が帯前に出るように締めました。
お太鼓は美しい女性に成長した紫の上(のつもり)です。
披露宴は新婦が主役みたいなもの。源氏の君には申し訳ないけれど、お太鼓の下の方で姿は切れています。
3.友人の黒留袖
新郎の母としての装いです。柄は上品な貝桶文様*と橘文様*です。
*貝桶文様:平安時代から伝わる「貝合わせ」の遊びに使う貝を入れておく桶を模様にしたものです。二つが対で描かれることが多く、優美な紐も一緒に描かれます。貝合わせや貝桶の柄は婚礼の象徴でもあり、おめでたいものです。
*橘文様:橘は理想郷からもたらされる蜜柑の一種のことで、長寿と子宝に恵まれるとされています。桃の節句にも橘が飾られますね。
下前(身頃)や裾の裏部分にも注目! この桶だけ蓋が開いていて、中に貝が描かれていますね。そして貝桶を引き立てるように地味めな色合いの橘が素敵です。
三十数年来の親友です♪
ご紹介できず残念ですが、彼女の母としての晴れやかな笑顔がとても素敵でした。息子さんが赤ちゃんの頃から成長を見てきた私も感慨無量でした。
4.留袖の紋
女性のきものには女性らしい紋を使用することが多いです。「女紋(おんなもん)*」や「裏紋(うらもん)*」という言い方をしますが、それぞれ意味が違い、複雑なようです。
*女紋:下記のように色々な意味があります。
①呉服用語で大きく入れる男紋に対して小さい紋のこと
②正式な紋である「表紋(おもてもん)」から丸などを取り去ったもの
③関西に多い風習で、女系で受け継がれる紋。
*裏紋:替紋ともいいます。非公式な紋のこと。例えば、江戸時代の武家の場合、参勤交代や登城の時は正式な表紋を使い、私用での外出にはこの裏紋を使っていたらしいです。
私が着た色留袖は三つ紋です。この紋は裏紋で「永井の梨切口」という名称です。正式な表紋は全く違う「一文字に三つ星」です。いかついものなので、女性はこの丸い紋を使ってきたようです。
母はこの紋が大好きで、子供の私にも「梨を真横に切るとこう見えるでしょ?」と何度も話していたことを思い出します。50代になっても実家の紋が付いたきものを嬉しそうに着ていた母を、当時は少し不思議に感じましたが、今は気持ちがよくわかります。
両親への尊敬の念や守られている安心感があったのでしょう。私もこの日は母よりも祖父母の顔を思い浮かべながら温かい気持ちになっていました。
黒留袖の五つ紋は可憐な杜若(カキツバタ)です。新調なさった黒留袖ですので、もちろん婚家の紋です。友人の家は表紋も杜若ですが、鋭角的な菱形の紋なので、柔らかい雰囲気の円紋が女性用の紋になっているようです。
珍しい杜若紋、5月の婚礼にふさわしく大変印象的でした。今まであまり気にしていなかった家紋や女性の紋ですが、きものに施されると一層美しく、そして奥深いものだということを実感しました。