お勉強 羽織・コート

「羽織」を考える1 ~写真で見る昔の羽織 ~

2015年1月18日

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1.大正時代

羽織は本来男性のもの。
女性が羽織を着るようになったのは明治期以降のようです。

男性用と違い、第一礼装にはなりませんが、
黒(紋付)羽織は略礼装として昭和50年代まで使われていました。

冒頭の写真も含めこれから紹介するのはすべて我が家に残る写真です。

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①大正10年1月5日、親戚が集まっての記念写真
女性はほとんどが正装の黒紋付きの重ね着ですが、
中央のおばあさん(未亡人・当時67歳)が黒い羽織を着ています。
冒頭の写真は大正13年のもの。未亡人のおばあさんとその娘です。

 

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②大正末期
細かい柄のお召?の着物(重ね着している)に黒い羽織を着ています。

 

 

2.昭和時代・戦前

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③昭和10年、都内写真館での写真
前述①の写真で、
向かって右端に座っていた日本髪の女性の14年後(38歳)です。
井桁柄の羽織を着ています。

 

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④昭和11年、15、6歳の女学生
振袖と肩揚げをした羽織が可愛らしいです。
背の高い子は前述②の女性の娘です。

 

 

3.昭和40年~

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⑤昭和40年代前半
私の小学校入学時。
母の紋付きの羽織は少し短めです。

昭和30~40年代、
学校に着物で行く場合の黒羽織は母親にとって、
制服みたいなものだったのかもしれません。

 

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⑥昭和47年
旅行の記念写真ですが、黒い羽織を着た年配女性が数人います。

 

 

3.昭和の短い羽織

ご記憶の方も多いと思いますが、
昭和30~40年代の羽織は、かなり短めでした。(膝より上)

女性が社会進出をする時代、
ミニスカートが流行ったり、和服離れがどんどん進む中、
軽快で動きやすい羽織が求められたのかもしれません。

 

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⑦昭和50年正月
両側の羽織は当時作ったばかりの新しい物(向かって右が私)。
中央の母が着ているのは昭和40年前後の短い羽織です。

昭和の終わり頃は羽織を着る人が少なくなりました。
日常着としてのきもの離れや、暖房の完備などが原因として考えられます。

年配の女性も帯付き(着物の上に何も羽織らない状態)で外出することが普通になりました。

 

 

4.平成の長羽織

ここ15年くらいでしょうか?長い羽織がとても流行っていますね。

明治から戦前までの 女性が着ていたような膝よりずっと下までの長い羽織です。
エレガントで素敵ですが、私は持っていないので写真はありません。

「最近は長羽織が主流だから昔の羽織は古臭くて着られない」と言う人が、
私のまわりでも多いです。

しかし、流行を気にしていたら母のお下がりは着られません。
たとえ流行遅れでも、私は構わずに着ることにしています。

そこで、次回は羽織の利用法についてお伝えしたいと思います。

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