今日は楽しい着物本をご紹介します。
『着物の国のはてな』という本で、ノンフィクション作家片野ゆかさんが、約束事の多い「着物の国」に足を踏み入れ探訪の旅をしていく体験記です。
きもの好きの人でも、きものに興味がない人でも、読みやすくて楽しめる内容だと思いました。
1.本のタイトルと帯に心を掴まれて
①購入のきっかけ
購入のきっかけは、まず、『着物の国のはてな』というタイトルでした。そして表紙のかわいいイラストも。
関心を持って手にとってみると、本の帯には……
「読んでスカッとした。不自由な着物の世界をぶっとばせ!」落語家 春風亭昇太さん絶賛!
と帯いっぱいの文字で記されていました。
そして横には小さく……
「約束事だらけの着物をめぐる痛快謎解きノンフィクション」
とありました。
私にとってはどちらも興味をそそられるキャッチコピーでした。
△片野ゆか(2020)『着物の国のはてな』集英社 表紙と帯
②著者について
著者の片野ゆかさんは1966年東京生まれのノンフィクション作家です。
「堅苦しくて面倒そうで、まわりに渦巻く保守的な空気が苦手で」ずっと着物には関わらずに生きてきた片野さんでしたが、あるとき「着物をワードローブのひとつとして、取り入れられないか」と思いついたそうです。
その理由は、アラフィフにさしかかった頃、「凄まじい勢いでファッションへのワクワク感が減少していることを自覚」し、「洋服オンリーの生活に飽きた」からだそうです。
そして「着物でもかじってみようか」と着物の国に足を踏み入れたのですが、片野さんにとって着物の国は「複雑怪奇なルールに満ちたパラレルワールド」だったと表現されています。
(カッコ内は『着物の国のはてな』「はじめに」 より引用)
△片野ゆかさん(『着物の国のはてな』より)
③ハウトゥー本ではない
この本は着物のHow To本ではありません。
著者が序文の中で「着物の国の謎をめぐる、探訪の旅」と記している通り、興味深く、楽しく読める旅行記のようだと思いました。
帯の裏では本の内容について、次のように紹介されていました。
- 着物を着ると、なぜ老けて見える?
- 無料の着付け教室はどこで利益を得ているの?
- 着物警察を撃退する方法とは?
- いつ誰が、着物の”格”を決めたのか?
- 仲居さんに間違われない着付けテクとは?
- 自分で着るのがエライのか?
この帯を読んだだけで、私が知りたいことばかりを取り上げている本だということがすぐにわかりました。
2.この本で共感したこと
着物を着て半世紀の私の場合、読みながら、「そう、あるある、」とうなずくことばかりでしたが、中でも以下の3つの項目には特に共感しました。
①着物を着るとなぜ老けるのか?
著者が母の遺品の着物を自分でなんとか着てみたときの夫からの意見。
「大掃除の手伝いに来た、親戚のおばちゃんにしか見えない」
「長所がまるで活かされていない。洋服だと姿勢がいいのに、着物はズングリむっくりで、すごく老けてみえる。なんでそうなる?」
この夫の言葉にめげることなく、著者は着物の「老けパワーの原因」(片野さんのこのユーモアあふれる表現も素敵です)と解決策を探って行きます。
着物女子にとって、これは永遠のテーマですよね。
片野さんは自分なりに解決策を突き止め、「洋服のときの見た目年齢とさほど違わない自分」を見出すことができました。(衿合わせの角度がポイントだそうです)
②着物警察の撃退法
着物警察とは、街なかで着物姿の若い女性に着物や着付けについていきなり注意したり、直したりする年配女性ことをいいます。
私も数年前にデパートのトイレで着物警察に出会ったことがあり、友人が捕まりそうになりました。
友人は私と同年代で若くはありませんが、70代?の洋装の着物警察にお太鼓の山の歪みを指摘され、直されました。
着物警察はその後私を見て、「うーん……まあ、あなたはいいでしょ。」と許してくれました。(^^;)
着付け教室の先生だったのでしょうか……? 二人とも呆れたことは言うまでもありません。
この着物警察が生まれたきっかけは何だったのでしょう……。
著者は取材によって、戦後になってから作られたと思える様々な着物ルールを決めた人物として、塩月弥栄子氏を挙げ、文中の見出しでは「とうとう”女帝”登場⁉」と紹介していました。
塩月弥栄子といえば、私と同世代以上の人なら誰もが知る有名人です。
「塩月弥栄子 しおつき やえこ(1918- 2015)は、日本の茶道家、冠婚葬祭評論家。
父は裏千家14世家元碩叟宗室(せきそうそうしつ )。弟は第15世家元汎叟宗室(はんそうそうしつ)。娘に茶道家の五藤禮子がいる。」
(ウィキペディアより抜粋引用)
塩月弥栄子氏は1970年に『冠婚葬祭入門』という本を出版しました。
それは日本のしきたりやマナーを解説した本で、大ベストセラーになり、その後はテレビにもよく出演していました。
『冠婚葬祭入門』は我が家にもあり(小学生の頃)、それは多分父が購入したもので、母はちょっと批判していた記憶があります。
きっと各家庭に備えられていたのではないでしょうか。
この続編が『きものの本』で、茶道の決まり事をベースに、着物を着るうえでの注意事項が書いてあるそうです。
当時は、親に聞くしかなかった着物のことを、事細かく教えてくれる教科書は有り難いものだったと思いますが、それがのちに着物警察といわれる人々を作るきっかけになったのかもしれません。
△塩月弥栄子氏(同氏著(2002)『上品な話し方』光文社より引用)
『着物の国のはてな』では、着物警察に遭遇したときに役立つ知識や対処法を提案してくれていて、なるほど、と感心させられました。
③ママ、時代劇の人がいる!
著者は着物を着始めた頃、出かけるのがすごく恥ずかしかったそうです。
「なにしろ、着物はいやでも目立つ」し、「着物ってコスプレみたいという想いがどこかにあった」と書かれています。
また、「バスに乗っていたら、子どもに『ママ、時代劇の人がいる!』と指さされた」経験もあるそうです。
この部分は私の実体験と似ていて、思わず笑ってしまいました。
数年前、鰹縞(かつおじま)の久留米絣を着て駅で友人を待っていたとき、小学3~4年生くらいの男の子が、「ママ、おかみさんだ!」と私を見て言ったのです。
小さな男の子が「おかみさん」という言葉を知っていたことも、着物姿に目を止めてくれたことも、私には嬉しく思えましたが、見方を変えれば私が奇異な格好で目立っていたということですね。
片野さんは、子供の頃から「着物は仰々しくて大げさな衣服」というイメージを抱いていたそうですが、「カジュアルダウン着物」と出会ってからは、「気軽に非日常を楽しめる、イベント感と刺激あふれる衣服」だということがわかったそうです。
3.どんな人にすすめたい本か
この本は様々な人が楽しめると思いますが、あえて挙げるなら……
①これから着物を着てみたいと思っている人
「着物の国」に入ろうとする人が抱く疑問はだいたい同じなので、共感する部分が多いはずです。
そして困難と思える問題でも、この本の中で解決できたり、解決へのヒントを見つけることができるかもしれません。
②着物の世界が怖いと感じている人
「着物の国」にすでに足を踏み入れ、怖いと感じている人は勇気づけられると思います。
体験記としての面白さだけでなく、着物の歴史を調べ、多くの専門家に取材をした上での謎解きなので、説得力があります。
③長年着物を着てきた人
長く「着物の国」に住んでいる人にとっても、あるある、と思うシーンがいくつも。また、着物警察になりそうな自分を踏みとどまらせてくれそうです。
私も『着物の国のはてな』を読んで、着物の不思議な点や魅力を再確認したので、これからも決して着物警察にはならず、楽しみながら着ていこうと思いました。
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カジュアル着物をワードローブのひとつとして着る片野さんにとって、「着物の格は概ね幻想」で、「それって伝統じゃないかも」、そして「着物の国のお楽しみポイントは季節感とユーモア」だそうです。
これらの潔く割り切った表現も、この本の魅力です。
興味のある方はぜひ手にとってみてください。