今日は植物「羊歯(シダ)」模様の紬の付下げを取り上げます。
付け下げは、着た時に柄が全部上向きになるように模様が付けられたきもののことです。
一般的に付下げはやわらかい先染めのきものですが、今日ご紹介するのは、紬の白生地を染めて、付下げのような模様を施したおしゃれ着です。
1.紬地の付下げ
きものをよく見ると…
藍染めの濃淡でぼかしを付け、上下の印象を変えている付下げです。
紬糸の節がぼかしに味を添えているようです。
羊歯の模様がメインです。
上部は、背中から肩にかけて濃淡があります。
裾の部分は、濃いめの藍に色づいた葉が描かれています。
羊歯の葉も色が付いていて幻想的です。
このあたりは、色のない葉の中で羊歯だけが目立つようなデザインです。
右の袖。うっすらと赤い実が描かれています。
以前は、植物が無造作に描かれたカジュアルなきものだと思っていましたが、このようによく見ると、着姿を考えていろいろ工夫された模様付けであることがわかりました。
ところで、羊歯の模様にはどのような意味があるのでしょうか?
2.羊歯文様とは
「羊歯ときもの?」と意外に思う人もいるかもしれませんが、羊歯の文様は古くからきものと関わってきたようです。
『明治・大正・昭和に見る きもの文様図鑑』長崎巌 監修・弓岡勝美 編(平凡社・2005年)に羊歯文についてわかりやすい説明がありましたので引用します。
①子孫繁栄
「羊歯は歯朶とも書き、葉の裏が白いので『うらじろ』ともいう。葉裏に胞子嚢(ほうしのう)を多く持っている植物ゆえ、子孫繁栄を象徴して正月飾りに使われる。」
正月飾りのうらじろは、馴染みがありますね。子孫繁栄の意味で使われていたのですね。
△ウラジロの葉(wikipedia.orgより引用)
②古い文様
「古くは鹿のなめし革に羊歯文を白く燻し残した羊歯革文が、武具にあしらわれていた。」
平安時代から文様として使われたようです。シャープな形が武具にふさわしい意匠と考えられたのでしょう。
③季節を問わず
「季節を問わず袷の時季にも、逆に葉形の面白さ、透ける様の涼やかさから単衣にも、写実的にあるいは意匠化して用いる。」
△絽地染帯(『きもの文様図鑑』より引用)
羊歯の葉は涼しげなレースのようにも見えますね。鋭さとたおやかさの両方を持つ文様です。
羊歯は季節を問わない文様ということで、どの季節でも大丈夫、また花のような主張はないので、取り合わせを考えるのも楽な文様といえるのかもしれません。
3.紬の付下げの用途
最近は紬地でも、金彩や縫いを施した豪華な訪問着や付下げを見かけることがありますが、いくら豪華でも、縮緬などの柔らかいものと比べると格は下がり、フォーマルな場所には向かないようです。
そんな中途半端な立ち位置の紬のきものは敬遠されるかもしれませんが、実はかしこまりすぎず、目立ちすぎない、控えめなドレスアップをしたい時には結構役立ちます。
そして柔らかいものより着やすく着崩れないので、パーティや会食、コンサートや観劇など、長時間に及ぶものでも気楽に参加できるのです。
柄や色合いによって変わってきますが、紬の付下げは意外に広い用途で着られるきものだと思います。
4.着てみる
- 織の帯で付下げとしての格を活かした装い
- 染帯を合わせて趣味的でカジュアルな装い
この二種類の着かたを試してみました。
①織の帯で
白地に金の織帯を合わせました。
若松華瑶製「丈二名古屋帯(じょうになごやおび)」です。
「丈二帯」とは一丈二尺の全通の帯という意味で、織の名古屋帯で胴部分は開き仕立てです。格のある名古屋帯としてあらたまった場所にも着用できます。
帯を境にきものの濃淡がはっきり分かれてしまいますが、帯締の藍色でそれをつないでいます。
座っっている時は淡い色のイメージです。
この取り合わせだと紬っぽさを感じないので、会食やパーティなどにも対応できると思います。
②塩瀬羽二重の染帯で
羽二重の染帯を合わせてカジュアルな装いにしました。草履とバッグもくだけた雰囲気です。
雅楽の甲(かぶと)が描かれています。
描かれているのは楽太鼓でしょうか?それを引き立たせるために夏に使用している細い帯締を合わせました。
柄に個性のある染帯を締めると、きものの印象が薄くなり、紬のカジュアル感が増すようです。
このように紬の付下げは、帯や帯締だけでなく、草履やバッグも色々なテイストのものを合わせることが出来るので、守備範囲が広く、楽しめるきものだと思います。