前回に続き上野の東京国立博物館 表慶館の特別展「体感!日本の伝統芸能」を取り上げます。
能楽・組踊・雅楽は装束や衣裳を見るだけでも着物好きにはたまらない展示でした。
1.能楽
①天女の出立(てんにょのいでたち)と上がれない能舞台
天女の出立
能楽コーナの入り口は、それまで見てきた華やかな歌舞伎や文楽からは変わって、落ち着いた空気が流れている感じでした。
そんな中ですぐ目に止まったのは……
「天女の出立」というタイトルが付けられたこの展示です。
天女が登場する能に使われる美しい冠や扇を間近に見ることが出来ました。
天女というと真っ先に浮かぶのは能「羽衣(はごろも)」です。
△羽衣 (出典:野村四郎、 北村哲郎(1997)『能を彩る文様の世界』観世流大成版、檜書店)
舞台ではこんなふうに身に着けられます。
しかし、この天冠は『羽衣』の天女だけのものではないようです。
今回は3月初公開予定の復曲の能『岩船(いわふね)』を紹介(宣伝?)するための能舞台が別室に展示されていました。
この天冠は復曲能『岩船』の扮装用として置かれているのだと思いました。
上がれない能舞台
復曲能『岩船』の作り物(舞台装置)と装束が展示されています。
この舞台には上がることが出来ませんでした。
また、作り物もあまり馴染みのない『岩船』のもので少し残念でした。
けれども、過去に上演されていたのに途絶えてしまった能を<復曲して後世に繋ぐこと>は、伝統芸能にとって重要なことなのかもしれません。
②能面体験と女性の面
能面体験
能の展示で新鮮だったのは、能面を実際に掛けたかのような体験ができるコーナーです。
このように透明な板の後ろに立つことで、面を掛けた気分を味わえます。
般若体験です♪
コロナ禍でなければ、能面を手にとって実際に掛けてみるといった体験コーナーが計画されていたのかもしれません。
女性の面
展示には若い娘とやや年配の女性の能面がありました。
ふっくらとしていて口角が上がり、少し笑っている感じです。
小面より頬がうすく、笑っていませんが気品があります。
「嫉妬と恨みから鬼と化した女性の面で、目から下は激しい怒りを、目から上は深い悲しみをたたえている」と説明されていました。
とにかく、般若の元は女性なのだなあ……としばし見てしまいました。
この般若面だけが江戸時代の作で、その他の展示されていた面(狂言面をふくめ10点)はすべて現代作家(能面師)によるものでした。
<伝統と技術の継承>という点で心強く思いました。
③楽器と装束
楽器
楽器は右から……
という順に展示されており、この並び順は雛飾りの五人囃子と同じです。(雛飾りでは向かって右端に謡う人がいます)
小鼓と大鼓は馬の皮、太鼓は牛の皮で作られています。
装束
能装束の展示では、美しい唐織(からおり)がありました。
これは女性役が着る唐織(色糸に金銀を交えて織った布)で、帯地にも使われる美しい装束です。
これも華やかですが、男性または鬼神の役に使われる厚板(あついた)です。
紅白段に雲龍模様で迫力があります。「板のように厚い生地で作った装束」と説明されていました。
2.組踊(くみおどり)
私は沖縄の組踊を見たことがなかったので、動画を見たり組踊に関する本を読んでから展示を見に行きました。
まず、調べたことから紹介します。
①組踊とは
『世界の至宝 組踊』(琉球新報社編)より抜粋すると、
組踊は玉城朝薫(たまぐすく ちょうくん)が創作して1719年に初めて上演された。
中国からの使者、冊封使(さっぽうし)を歓待するための芸能として始まり、約300年の伝統を誇る。
ということでした。
能や歌舞伎を参考に
組踊は琉球古来の民話や伝説をもとに、能と歌舞伎を参考にして創作されたようです。
能や歌舞伎の「道成寺」の影響を受けた「執心鐘入(しゅうしんかねいり)」や能「隅田川」や「桜川」と似た「女物狂(おんなものぐるい)」、「羽衣」の伝説から創られた「銘苅子(めかるしー)」があるそうで、ますます興味がわきました。
△「執心鐘入」
△「女物狂」
写真はいずれも『世界の至宝 組踊』より
組踊の見どころ
YouTube動画で見たところ、組踊は沖縄古語(字幕がないと言葉はわかりません)によるセリフや所作、琉球古典音楽にのせた優雅な踊りがとても魅力的です。
そして、もう一つの見どころは美しい紅型(びんがた)衣裳です。
『琉球紅型』(青幻舎)という本には琉球王尚家伝来の色鮮やかな衣裳が掲載されています。
これらの衣裳を立方(たちかた)はどのように着て舞台に登場するのか、想像するだけでも楽しいです。
②組踊の展示
「銘苅子(めかるしー)」
羽衣伝説をもとに作られたもので、銘苅子は天女を妻にした農夫の名前です。
組踊でも美しい天冠が使用されています。
「二童敵討(にどうてきうち)」
内容は兄弟(元服前の少年)の敵討ちです。
この演目はYou Tube動画でみることができます。(面白いです)
鶴松、亀千代の兄弟の衣裳は「牡丹鳳凰丸文様(ぼたんほうおうまるもんよう)」
うまく撮れなかったのですが、半幅帯の後ろはリボン結びで、タレを長めに垂らしています。少年とはいえ可愛らしい帯結びです。
③紅型衣裳
展示では鮮やかな紅型衣裳を間近に見ることが出来ました。
紅型は沖縄特有の模様染めで、インドやジャワ、中国の染色技術を取り入れ、独自の技法を確立したものです。
芸能衣裳の紅型には、歌舞伎衣装のように役ごとの厳密な決まりはないものの、おおよその色や文様は決まっています。
(展示の解説より抜粋)
△紅型衣裳 「水色地 牡丹鳳凰菖蒲(ぼたんほうおうしょうぶ)文様」
△紅型衣裳 「白色地 松皮菱繋(まつかわびしつなぎ)檜扇(ひおうぎ)団扇(うちわ)菊椿文様」
3.雅楽
雅楽の部屋に入ると、ビックリの展示に目が釘付けになりました。
①還城楽(げんじょうらく)と鼉太鼓(だだいこ)
舞楽『還城楽(げんじょうらく)』の舞台が目の前に……
『還城楽』は「蛇を好んで食べる西国の人が蛇を求め得て悦ぶ姿を舞にしたもの」(展示説明より)だそうです。
正式な舞楽で用いられる巨大な締太鼓で、左右一対で用いられるのが定式です。
(展示説明より)
見事な昇龍の彫刻が施されています。
②左方と右方
雅楽の楽曲は、中国由来の唐楽(とうがく/からがく)と、朝鮮半島由来の高麗楽(こまがく)として対応する左右に分けられています。
唐楽による「舞楽」を左方(さほう)といい赤系統の装束、高麗楽による「舞楽」を右方(うほう)といい、緑系統の装束を着用します。
今回はそれがひと目でわかるように展示が左右に分けられていました。
大変美しい刺繍が施されています。
これらの装束を着用して舞っています。
③楽しいパネル写真
鑑賞する機会が少ない雅楽ですが、楽しいパネル写真がありました。左方、右方それぞれの面(めん)や甲(かぶと)、装束文様を並べたものです。
左方と右方は色だけでなく、面や甲なども随分違うことがわかりました。
また、雅楽の装束や道具は、他の伝統芸能と同じかそれ以上に芸術作品としての価値があるものだと思いました。
東京国立博物館「体感!日本の伝統芸能」は、芸能だけでなく、それらを支える伝統技術のすごさを実感した展覧会でもありました。
これからはいろいろな見方で日本の伝統芸能を鑑賞できそうです。