紅葉と源氏香の訪問着・その1


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今日は古い訪問着のご紹介です。

 

1.昔の紫根絞り

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これは盛岡 草紫堂(そうしどう)の紫根染(しこんぞめ)南部しぼり*です。

*紫根染南部絞り……岩手県盛岡市で作られるむらさき草の根からとった染料で作られる草木染めのしぼりのこと。

詳しい説明はこちらへ → 盛岡 草紫堂
以前の記事はこちら→
2014年9月14日:「南部しぼり」のご紹介1~茜染~
2014年9月20日:「南部しぼり」のご紹介2 ~紫根染~
2014年10月4日:日本橋高島屋「盛岡草紫堂 紫根染・茜染きもの展」に行って来ました

盛岡出身の明治生まれの方の着物を、昭和50年頃形見として母が譲り受けたものです。草紫堂のお店の方に見て頂いたところ、草紫堂初代藤田謙氏の作品で、今はこのデザインはないようです。

 

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肩と……

 

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裾にいっぱいの紅葉
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裾の裏側も紅葉です。

 

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そして源氏香がちりばめられています。

 

2.草紫堂初代・藤田謙氏について

平成4年「盛岡市先人記念館企画展」の冊子をもとにご紹介します。

①画家志望だった初代

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▲ 藤田謙氏(1890~1980年)

明治23年に盛岡市に生まれた藤田謙氏は画家志望でした。しかし、藤田家は南部藩に仕えた武士の家系ながら明治維新以降苦しい生活を余儀なくされていた為、彼は中学(現盛岡第一高等学校)も途中退学して京都の染屋で働くことになりました。

彼はそこで初めて染色、とりわけ草木染めの美しさに惹かれました。草木染めには絵画に通じる芸術性があることに気づいたのです。研究熱心な彼は独自の染色技法に取り組みます。

②南部紫根染の研究に着手

大正4年(1915年)、岩手県染織試験場が開設され、招聘された彼は帰郷します。そこから藤田氏の紫根染研究の人生が始まりました。

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これが彼を虜にしたムラサキ根です。(2014年11月・志村ふくみ展にて撮影)

③草紫堂を始める

昭和4年(1929年)の世界恐慌により研究所運営は危機に陥ります。昭和8年、彼は研究所を辞し盛岡市紺屋町に紫根染専門店「草紫堂」をオープンさせました。

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現在の草紫堂(お店のパンフレットより)

独立後も研究と製品開発を根気よく続けた藤田氏は、国内外の展覧会で作品の入賞を果たしました。

 

3.藤田謙氏の作品

藤田謙氏の作品の特徴は絵画的な美しさです。植物を丹念にスケッチした上でそれを基にデザインを決め、製作に取りかかったそうです。植物本来の姿を失わないようにという画家としての心懸けによるものでした。

夕顔の柄の紫根絞り

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宝相華(ホウソウゲ)*の柄の茜絞り

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*宝相華……唐草文様の一種で、架空の5弁花の植物を組み合わせた空想的な花文様のこと。

鳳凰の柄の紫根絞り

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※前掲の冊子より引用

菊花文の紫根絞り

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日本橋高島屋にて。この柄は茜絞りになるとずっと華やかです。

 

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※お店のパンフレットより引用

流水に杜若と千鳥の柄の紫根絞り

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※お店のパンフレットより引用

このように草紫堂の初代藤田謙氏は南部紫根染の研究者・技術者であると同時に、美しい図柄を生み出して現在の絞り染めの基礎を築き上げた芸術家でもあったのです。

現在良く知られている幾何学的な模様の紫根絞りや茜絞りは、二代目の藤田勉氏のデザインによるものが多いそうです。

 

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二代目藤田勉氏の作品 ※パンフレットより引用

繊細で絵のように美しい初代の作品と、くっきりとモダンな二代目の作品、この対照的なデザインの上に根気と技術の絞り染めが合わさり、草紫堂製品が出来上がっています。その柄の豊富さと奥深さはこれからも人々を魅了し続けることでしょう。

 

続く(次回は紅葉と源氏香の訪問着について採り上げます。)

 


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